【元ネタバレ】終末のワルキューレ 神殺しの13人のやばい逸話【呂布奉先・アダム・佐々木小次郎】

考察

神殺しの13人とは?

神殺しの13人(エインヘリャル)とは、

大人気バトル漫画『終末のワルキューレ』に登場する13人の英傑たちの事です。

メンバーは、

呂布奉先
アダム
佐々木小次郎
ジャック・ザ・リッパー
雷電為右エ門
始皇帝
レオニダス王
ニコラ・テスラ
沖田総司
グレゴリー・ラスプーチン
ミシェル・ノストラダムス
シモ・ヘイヘ
坂田金時

彼らは人間代表として神々と対決します。

この記事では、10巻発売時点で戦いを終えた六傑の内2人の英傑の史実や伝記から逸話を紹介します。

マンガの内容やネタバレは含まれていませんのでご安心ください。

中には史実と演戯などの創作を混交した記述もあります。

エンタメと割り切ってお楽しみ頂ければ幸いです

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『終末のワルキューレ』のあらすじが気になる方はこちらの記事をご参照ください

三人のキャラクター

三人とは、呂布奉先 アダム 佐々木小次郎 を指します。

本記事では、彼らの生年没年や出身地、略歴、有名な逸話、マニアックな説などを順に紹介していきます。

呂布奉先

呂布を主人公とした『終末のワルキューレ』外伝作品第二巻の表紙です

生年没年

出生不明 ‐ 199 時代は、シナ後漢末期の人物です

現在の内モンゴル自治区周辺の出身であったようで、当時は并州五原群九原県と呼ばれる地域でした。『三国志』巻七 呂布伝、『後漢書』列伝六十五 呂布伝などに記録があります

略歴

剛勇を持って知られる呂布ですが、三国志によると、裏切りにを繰り返した奸雄と伝えられています。

呂布が独立勢力を確立するまでの間に、

丁原董卓献帝袁術袁紹張楊 と主君を変えています。

中には、父子の契りを結び親子関係だった人物や、自らの手で殺害したケースもありました。

そのような呂布の最期は、徐州という地域を支配していた時に曹操軍と戦って敗れ、投降し、処刑されて幕を下ろします。

度重なる敗北に加え、呂布の短気で気まぐれな性格、我の強さから忠臣の謹言を退け続けた事で人心が離れて、侯成(こうせい)という部下に裏切られてしまいます。

敗北は軍全体の士気が低かった事も遠因と云われます。

裏切りを繰り返した呂布の皮肉な最期として語られることが多い話です

有名な逸話

武勇に優れていたのは史実であるようですが、演戯においては殊更に強調され、それらを題材にしたフィクション作品では輪をかけて強く描かれる傾向があります。

その強さは空前絶後と評され、一騎当千どころか数万を蹂躙したとも云われます。

劉備、関羽、張飛の豪傑三兄弟と同時に闘って持ちこたえる「三英傑呂布」なども有名です。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』呂布
三英戦呂布

丁原に重用されたのも、董卓に優遇されたのも、呂布の常人離れした膂力と武芸百般の腕前によるところが大きく、裏切りを繰り返しながらも、常に誰かしらの庇護下にあったことがその証明でしょう。

呂布は自身の処刑に際し、曹操が指揮を執り自分が戦線で活躍すれば天下は曹操の物だ、という趣旨の命乞いを行いました。

曹操は、ややもすれば流されかけます。

これに劉備が割って入り「丁原董卓が裏切られたことを忘れてはいけない」といって諫めます。

曹操も呂布の強さに惹かれたからこその逡巡だったのでしょう。

マニアックな説

このように奸雄エピソードが多い呂布ですが、一部の部下からは忠義を尽くされました。

『終末のワルキューレ』にも登場する陳宮や重臣の高順は曹操からの助命を断っています。

彼らは呂布から厚遇されていたとは言い難い扱いでしたが、それでも最後は主君に殉じています。

そしてこれは調べて知ったのですが、呂布が徐州にて曹操軍に投降する際、部下に対して自分を売って命乞いをするように指示した、という話がありました。

筆者は、呂布奉先という英雄を人面獣心の奸雄と誤解していましたが、それらのイメージは後の時代にの形作られたのかもしれません

アダム

アダムは2巻表紙の左の青年です。

生年没年

紀元前4026年 – 紀元前3096年。

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などに伝承されている、ご存じ人類の祖です。

『旧約聖書』「創世記」によれは、アダムは神が自身に似せて土から作った存在です。

出身地はエデンの園です。一説では、チグリス・ユーフラテス川の源でアルメニア付近のザグロス山脈一帯にあったとされています。

略歴

アダムは神によって作られ、アダムのあばら骨からイブが作られました

彼らは、エデンの園で幸せに暮らしていました。基本的には奔放な暮らしだったようですが、園の中央にある木の実は決して食べてはいけないと神から禁じられていました。

その木の実は善悪の知識の木の実で、よくリンゴとして表現されます。

人類が知識をつけることで神に迫る事を危惧しての取り決めであったとされています。

その後、悪魔の化身ともいわれる蛇にそそのかされたアダムとイブは知恵の実を食べてしまいます。

原罪と呼ばれるこの過ちによって、二人は楽園を追放されます。

その後、アダムは労働を強いられ、イブは出産の苦しみを味わうことになるのでした。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
異時同図法で描かれたエデンの園(ルーカス・クラーナハ画)

蛇が現在のような姿をしているのは、二人をそそのかした罰として、地面をはいずる事を強いられたからと云われます。

しかし、この蛇はルシファーと同一視され、文化英雄としての側面を指摘されています。

逸話

出生没年の項で気が付かれた方も多いでしょうが、アダムは930歳まで生きています。

創世記に記載があるだけで、イブとの間に3人(カイン、アベル、セト)の子供を設けています。

もっと多そうですよね。

マニアックな説

知恵の実を食べたアダムは、副作用で髭が生えました。これにより髭は罪の象徴として扱われるそうです。

アダムは、神にそのことを問われると、イブは食べたが自分は知らないと嘘をつきました。

これが人類最初の罪だと云われています。上記の絵画はその場面だと思われます。

神からすれば、アダムは髭を生えてるので一目瞭然なのですが、それでもしらを切る様子は滑稽であり、コメディのようです。

餡子を食べたことを和尚に叱られる小坊主のおとぎ話がありますが、その話を想起させます。

話が脱線しましたが、ともかく二人は楽園を追われ、新天地で労働という罰を味わうのでした。

現代でも、「労働は罰」と考える人はいます。

その源流は失楽園に起因する価値観であり、それを作ってしまったのがアダムというわけです。

佐々木小次郎

小次郎は『終末のワルキューレ』第三巻左の老人です

出生没年

出生不明 ‐ 1612 安土桃山時代から江戸時代初期の日本人です

伝承によると現在の福岡県田川郡添田町の出身で、当時は豊前国田川郡副田庄と呼ばれていたそうです。

略歴

意外と謎の多い人物で、その生涯と足取りは『二天記』や『武公伝』などの伝記から紐解くしかないようです。

出身地は上記の説の他に、福井県福井市とする説などがあります。

有名な秘剣「燕返し」は福井県にある一乗滝で身に着けたとされます。

自身で巌流と呼ばれる剣術流派を創始しますが、もともとは中条流の富田勢源、あるいは勢源門下の鐘捲流の鐘捲自齋の元で剣を学んだとされます。

この期間がいつ頃でどの程度の長さだったのか良くわかっていないようです。

様々な作品で目にする小次郎ですが、その不明瞭な部分がクリエイターたちの創作意欲を駆り立てるのかもしれませんね。

そして、1612年(慶長17年)九州小倉の「舟島」にて宿敵宮本武蔵と決闘の末敗れます。

有名な逸話

舟島は、巌流島と呼ばれ、武蔵との決闘は「巌流島の決闘」と呼ばれるようになります。

小次郎は、地名を変えるという快挙を成した訳ですが、何故負けたはずの小次郎の流派がつけられたのでしょうか?

巌流島の現在の住所は、下関市大字彦島字船島といい流石に正式名称というわけではないようですね。

巌流島には江戸時代に建てられた哀悼碑が残っています。

敗れた小次郎を地元の人たちか小倉藩が偲んで立てたと思われます。

地元民から愛されていたことが伺える話ですね。

決闘から409年経った現在でも、下関市では小次郎の冥福を祈る慰霊祭が行われています。

マニアックな説

フィクション作品では男前な風貌で描かれることが多い小次郎ですが、年齢に関して諸説あります。

中でも面白いのが小次郎の年齢はある時期で止まった、という話です。

もちろん実際に年齢が止まることは(おそらく)あり得ないので記録上ということです。

これは、伝記の編纂者が小次郎について調べるなかで、小次郎の奔放な性格や遊び人気質をそのまま記録してしまい、イメージが若いころのままで止まってしまったのではないか、という説です

実際、小次郎が上記した富田や鐘捲の弟子だとすると、巌流決闘の時点で70歳近い高齢です。

『二天記』では決闘時18歳とされ、『武公伝』では18歳で流派を起こしたと記されています。

このあたりの矛盾を解消するための説というわけです。

なかなか、フィクション作品の題材にしても面白そうな話ではないでしょうか。

前項で地元民に愛されていたと紹介しましたが。『武公伝』を編纂した人は小倉辺りで遊びまわる小次郎のイメージをそのまま記したのでしょう。

英雄たちリンク

ジャック・ザ・リッパー
雷電為右エ門

釈迦
始皇帝

コメント

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