【アニメ感想】シャドーハウス第五話「お披露目」を原作ファンが語る

アニメ感想

第五話の「お披露目」は、単行本第二巻の「前夜」「五対の新人」「格付け」「名前」そして、「親切なお影様」のラストと単行本第三巻「審査基準」の冒頭までのエピソードでした。

今回は、アバンがカットされ、OPから始まりました。

これまでのエピソードは、単行本に掲載されたエピソードをアニメに映えるように再編集された内容でした。

つまり、アバンとAパートでエピソードを区切っても前後で繋がりを考慮する心配は薄かったように思います。

今後は、原作とストーリーラインを変更しない形になるのかもしれませんね。

アニメ感想

全てのシーンに一つ一つ感想を述べても良いのですが、いたずらに長くしても益がないので、気になったシーンにだけリアクションをしようと思います。

感想は、五話までのアニメの内容のみならず、原作の内容も含みます。ご了承願います。

「親切なお影様」のシーン

ここは、ミアがエミリコ達班員と別れて自室に戻った時に、サラ様の陰湿な嫌がらせによって、エミリコからのお礼の人形を首ちょんぱされた上に、自室を煤で汚されるシーンです。

前四話からのこの流れなは、原作通りなので違和感はありません。が、同様のシーンは二話にもありましたよね。

これにより、ミアは自室の掃除が出来ない子、もしくは、サラ様は日常的に自分の生き人形に嫌がらせをする謎の性癖の持ち主ということになりました。ビックリですね

ここでこのシーンを入れるなら二話のシーンは要らなかったのでは?と思われるかもしれません。

しかしこれは、次の「前夜」のエピソードで真相がわかります。

例のプレイのシーンですね。

Twitterでもミアの傷が気になっていた方や、今回のエピソードで得心がいった方のツイートを散見しました。

これは、向上心が高いサラとミアが、体罰によって自身の成長を促進させようとしているとためと考えられます。

これにどのような効能があるのかは今後の研究結果が待たれるところですが、とにかくこの二人はこの行為によって偉大なおじい様に認められると思っています。

つまり、サラがミアの部屋を汚すのは、成長の機会をやるから部屋に来い、というメッセージでしょう。

恐らく二話でも描写のないところで同様の体罰が行われていたものと思います。

それは三話のお風呂のシーンでエミリコが確認していますね。

二話「部屋を汚す」三話「傷跡をみせる」五話「部屋を汚す»折檻」という事を段階的に描写することで、視聴者により強烈に印象付けることに成功しています。

二話の感想を語ったこちらの記事でも触れていますが、サラミア組みは、ケイトとエミリコの対になっている存在です。

そのことが五話のエピソードで、より顕著になりましたね。

(まあ、原作のサラミアは、これ以降そこまでエピソードには絡んできませんが……。早く活躍がみたいです)

個人的には、二話の汚部屋シーンは、アニメオリジナルが有効に機能した例だと思います。

ちょっとだけ残念だったのが、ケイトの部屋の真上がサラの部屋という情報が分かりずらかったところですね。エミリコがミアに窓越しに人形を渡したというのが伝わりずらかったです。

筆者の記憶通りなら、ミアがエミリコに自己紹介したときに部屋の位置関係について触れていたのが唯一の情報だと思います。

原作のエミリコがミアに壁越しに挨拶するシーンはカットされていましたしね。

ただこれは、原作を知っているから感じる事でしかありません。
知らなければ、エミリコが人形を手渡した、などイメージで補完できる要素だと思います。

大したことではないでしょう。

エミリコの名前のシーン

お披露目のロビーで、エミリコの名前が変だと、同期たちから、からかわれるシーンですね。

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こちらの記事でも触れていますが、やはり一話目のアニメオリジナルのシーンによって、エミリコの心の機微に整合性が取れなくなっているという感覚が強いです。

Twitterでご指摘を頂いたのですが、「一話目のアニオリによって、むしろエミリコが落ち込む公算が高まった」という意見もあるようです。

その方の意見は、もちろん貴重な考えとして参考にさせていただいたのですが、一話目のシーンを蛇足だと考えたその時の持論は覆りませんでした。

先々わかることですが、名前の慣習を知った事で本当に傷ついているのは、エミリコではなくラムなはずなんですよね。

筆者は、それを考えると、アニオリはどうしても腑に落ちません。

個人的な今後の見所

今回のエピソードで一番印象的だったのは、エミリコとケイトがお互いをどう「みた」か、です。

エミリコは生き人形としての洗脳から無条件にケイトを慕っていました。

今回のエピソードから徐々にケイトの真意を知りたいと思うようになりました。

これは生き人形に強要される、「生き人形はシャドー家に対して忠誠以外の心を持ってはいけない」という教えと照らして逸脱した考えです。

支配者は隷属者の理解なんぞは別に求めてはいませんからね。

ケイトも同様にシャドー家に反逆しています。

お披露目の際に、シャドーハウスのルールに縛られてエミリコをみようとしないことを反省します。

そして、エミリコの個性を尊重する道を視聴者に明確にしました。

ケイトの意思表示はエミリコとの友好関係へと帰結します。

エミリコが同じようにケイトとの関係を対等にするまでには、まだまだ時間がかかります。

その道程がアニメでどのように描かれるのか、見所ですね。


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