【アニメ感想】シャドーハウス 原作ファンによる第一話感想 ~まさかの炎上!?火のないところに煤煙は立たぬ~

アニメ感想

経緯(ここは飛ばしてください)

こんにちは、コミックピアの筆者です。

本ブログは主におすすめの漫画を紹介する記事を書いています。

今回の畑違いのアニメについて感想を書くことは、ブログのコンセプトから外れてしまいます。

しかし筆者は、シャドーハウスの大ファンであり、2021年4月11日放送の『シャドーハウス』について、どうしても気になる箇所があり、筆を取りたくなった次第です。

順序が逆転してしまいますが、原作のおすすめ記事も投稿する予定です。

さて、記事のタイトルを見て驚いた方も多いのではないでしょうか?

中には、憤るファンもいるかもしれません。

単なる釣りタイトルのための表題ではないことを、これから説明したいと思います。

アニメの感想

なお、ここからはアニメのみならず原作のネタバレも含みますのでご理解の上でご覧ください。

アニメ・シャドーハウス第一話は、原作の素晴らしさをアニメーションに落とし込んだ良質な仕上がりだったと思います。

映像、音楽、演出、どれを取っても原作第一巻の愛らしくも不思議で引き込まれる雰囲気を表現していましたね。

シャド―ハウスOPより
©ソウマトウ(著)シャドーハウス/集英社/アニプレックス.All Rights Reserved.

視聴者獲得のための工夫として、第一話から情報を適度に小出しにする度胸とバランス感覚は、アニメ製作スタッフの熟練の業を感じさせます。

未読層には、日常系に食指が動かいな人もいるでしょうし、シャドーハウスの序盤は、ゴシック日常系かと感じることでしょう。

視聴者を引き込みための情報をフックといいますが、原作勢ならフックの至る所に重要な情報が散りばめられていたことに気が付くはずです。

特にアバンで提示された情報は、原作勢からすると「そんなにみせちゃうの?」と感じましたが、謎を謎のまま保ちつつ世界観の説明と両立されていました。

結果的に作品をミステリアスで魅力的に見せていたように思います。

特に個人的に評価したい点は、ナレーションや下手な説明台詞ではなく、描写と自然な会話から世界観を説明していたところです。

原作未読層の方も、生き人形の存在やシャドーの生態、舞台設定の情報を違和感と過不足なく取得できたのではないでしょうか。

ナレーションによる説明は凡庸ですが、よく取り入れられる手法です。

それを咎める人は少ないでしょう。

しかし、シャドーハウスでは、この手法は使われませんでした。

何故でしょうか?

筆者は、ナレーションを入れなかったことで、序盤の閉ざされた一室にエミリコとケイトしかいない、という事を視聴者に伝えたかったのだと考えています。

つまり、エミリコとケイト以外の声を省くことで「二人だけの世界で関係を構築している」が上手に表現できるというわけです

シャド―ハウス1話より
©ソウマトウ(著)シャドーハウス/集英社/アニプレックス.All Rights Reserved.

炎上?

さて、全体通して高評価だったシャド―ハウス第一話ですが、気になる点もありました。

それが、筆者が炎上を危惧しているエピソードなのですが、Bパート終盤で追加された、ケイトがエミリコに名前をつけるエピソードです。

シャド―ハウス1話より:©ソウマトウ(著)シャドーハウス/集英社/アニプレックス.All Rights Reserved.

このエピソードは、原作には(少なくともコミック派は知ら)ないアニメオリジナルのシーンです。

これが何故炎上の可能性を孕んでいるかと申しますと、シャドーの習慣とお披露目に関係します。

シャドーの習慣とは、生き人形に名前を付ける時に名前の略称や近い音をつける傾向の事です。

ジョン » ショーン
パトリック » リッキー
ルイーズ » ルウ           など

そして、シャドーが一人前と認められるための「お披露目」の際に、エミリコは周囲からその習慣について知らされます。

結果、自分はケイト様に愛されていないのではないか?という疑念から表情を曇らせてしまい、シャドーの「顔」としての役割と自信を失いかけます(単行本第二巻収録:第24話・名前)

アニメのケイトは、エミリコの名前を小説の登場人物ちなんで名付けました。

エミリコに似て、明るくて前向きな性格のエミリーというヒロインだと説明されています。

そしてエミリコの方が「おかしい」からという理由からエミリーを捻って、エミリコと名付けられました。

エミリコは心底嬉しそうにしていましたね。

ケイトがエミリコの個性を尊重して名付けた、というエピソードです。

このシーンだけをみれば、二人に絆が生まれた瞬間として心温まる話なのですが、これによって重大な問題を抱えてしまいました。

問題とは、アニオリエピソードとお披露目のシーンとの整合性が取れなくなってしまっていることです。

つまり、エミリコはケイトの名前を付ける経緯を知っているので、原作と同じ展開になったとしても、心を乱す余地がないということです。

もし、エミリコが同じような反応を取れば、感情との整合性を失います。

繰り返しますが名前を付けるシーンは原作にはありません。

何故アニオリエピソードを追加したのか?

これは、お披露目の間での会話の一部、もしくはシーンを丸々カットするためではないかと考えられます。

カットすれば批判は逃れられず、そのままのストーリーを描けば矛盾すると非難されます。

これがタイトルにある火種です。

心苦しいですが、アニオリは蛇足だったと言わざるをえません。

まとめ

筆者は原作とメディアミックス作品は分けて考えているので、アニメオリジナルを否定しません。

今回の改変もシーンだけ見れば素晴らしかったと思います。

しかし、カットするにしろしないにしろ、火種に炭はくべられてしまったと覚悟する必要があるでしょう。

直近のアニメ改変による炎上で思い出されるのは、約ネバ2期の改変ですよね。

あそこまで酷いことにはなってくれるな、と祈るばかりです。

【アニメ感想】シャドーハウス第三話「すすによる病」を原作ファンが語る~新説!ED「ないない」は二律背反を現わしている~
シャドーハウス第3話「すすによる病」を原作ファンが語ります。今回はEDテーマ「ないない」の考察もしてます。原作ネタバレ上等の内容なので、未履修の方はご遠慮ください。私のブログよりも原作の漫画体験の方が大切です。実際に漫画を手に取ってお楽しみください。

追記)正式にアニメ感想を行うことにしました。基本1シーズン1アニメに絞って行います。

今シーズンは『シャドーハウス』を追いかけようと思います。ご期待ください。

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